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東京地方裁判所 昭和31年(行)25号 判決

原告 学校法人並木学園

被告 東京国税局長

訴訟代理人 広木重喜 外六名

主文

原告の請求はこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「原告の昭和三十年七月二十九日付昭和二十七年度分法人税に関する審査請求に対し、被告が昭和三十年九月十五日付でした審査決定はこれを取り消す。原告の昭和三十年七月二十九日付昭和二十八年度分法人税に関する審査請求に対し、被告が昭和三十年九月十五日付でした審査決定はこれを取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因および被告の主張に対する反論として、次のとおり述べた。

一、渋谷税務署長は、原告に対して、昭和三十年六月三十日付で原告の収益事業につき、(一)昭和二十七年四月一日から翌昭和二十八年三月三十一日までの事業年度分(以下本件昭和二十七年度分という)の所得金額および法人税額を、原告の収益事業がその公益事業に支出した版権使用料三百七十万五千三百円を寄附金とみなして損金不算入額に計上した結果、所得金額四千三百九十二万三千二百円(当初額四千百三十二万九千五百円)、法人税額千五百三十七万三千百二十円(当初額千四百四十六万五千三百二十円)と再更正し、(二)昭和二十八年四月一日から翌昭和二十九年三月三十一日までの事業年度分(以下本件昭和二十八年度分という。)の所得金額および法人税額を、原告の収益事業が公益事業に支出した版権使用料三百四十六万八千六百二十円および借室料二百二十一万二千五百円を寄附金とみなして損金不算入額に計上した結果、所得金額四千七百二十万八千五百円(申告額四千百九万三千八百円)、法人税額千六百五十二万二千九百七十円(申告額千四百三十八万二千八百三十円)と更正した。

二、原告は、渋谷税務署長のした右再更正および更正処分に対し、法定の期間内である昭和三十年七月二十九日被告に各審査の請求をしたところ、被告は、同年九月十五日付で前記版権使用料および借室料は法人税法第五条第一項、同条第二項および第九条第四項の規定に基き寄附金とみなすことを妥当とするという理由で、右審査請求を棄却し、同棄却決定通知書は同月十七日原告に到達した。

三、しかし、右各審査決定は次の理由により違法である。即ち、

(一)  法人税法第九条第四項により寄附金とみなされるものは、収益事業に属する資産のうちから公益事業の利益のために支出した金額をいうと解釈すべきである。したがつて、収益事業の公益事業に対する支出が、公益事業の収益事業に対する出捐と対価関係にある場合には右支出は寄附金ではないと解すべきである。

(二)  そこで、本件についていうならば、前記版権および室はいずれも原告の公益事業に属する資産であつて、経理上、法人税法第五条第二項の規定により右版権を収益事業である出版局に、また建物の一部である右室を収益事業である出版局および購買局に貸与した形式になつている。そして、原告が、公益事業に属する資産である右版権または室を、その財産の運用上、原告の収益事業に使用させるか第三者に使用させるかは原告の目的に反しない限り自由であつて、第三者に使用させた場合に原告がこれより受ける使用料である所得は、法人税法第五条第一項によつて非課税であるし、その第三者の側からいえば、右版権または室の借受の対価であつて、純然たる損金というべく、これが寄附金とみなされないことは明らかである。このことは、原告の収益事業に使用させた場合でも同様である。

(三)  他方、原告の収益事業が第三者から版権又は室を借り受けた場合に、これに支払う対価は寄附金ではない。このことは原告の収益事業が公益事業の資産である版権および室を借り受け、その対価として使用料を公益事業に支払つている本件の場合でも同様であつて、その使用料は寄附金ではない。

四、然るにかゝわらず、原告の収益事業が公益事業に対して右版権および室使用の対価として支出した金額を、法人税法第五条第一項、同条第二項および第九条第四項の規定により寄附金であるとみなしてした前記各審査決定は違法な処分であるので、これが取消を求める。

五、当該法人の資産が、収益事業に関する経理と収益事業以外の事業に関する経理とのいずれの経理に属せしめられるべきかについては法人の恣意により定め得るものでないこと被告主張のとおりである。しかしその区分の基準は、当該資産(物又は権利)の本来の性状および取得当時の目的におかれるべきである。この点からすれば、本件借室料の対象である室は、原告の校舎の一部分であり、又使用料の対象である版権は原告の経営する文化服装学院において当初同学院における教材として使用する目的で同学院の講師をして執筆させたのであるから、右校舎の所有権および版権はいずれも原告の収益事業以外の事業の経理に属することは疑がない。被告が、資産の区分は収益事業と公益事業とのいずれの事業の用に供されているかによつて定めるべきであるとする主張は争う。原告のように本来の目的である公益事業のほか収益事業をも併せ行う場合はある資産を取得するに当り、その資産をいずれの事業の用に供すべきかを予定し当該事業の経理の負担において取得するから、その当初からいずれの事業の経理に属するかゞ定まつている。それ故に、たまたま他の事業の用に供されたとしてもたんに使用されたという事実のみによつてその使用した事業の経理に帰属するとすることは、経理の区分を定めた法人税法の目的に反するし、既に経理が区分されている限りは、ある事業の経理に属する資産が他のそれに移されるためには、当該事業部門においてその使用を廃止し他の部門に移管する経理上の処理をしなければならないのである。被告の主張は、公益事業がその経理に属するたとえば講堂、教室、廊下の一隅等を一時使用の目的で収益事業のため供用した場合でも使用期間中はその資産は収益事業の経理に属することとなるのであつて、実体を無視した見解であること明らかである。国税庁長官の国税局長に対する「法人税法取扱通達」(昭和二五年九月二五日付直法一-一〇〇)第九項も収益事業が公益事業の経理に属する資産を使用する事実によつて必ずしも資産の所属が移動するものではないとしている。

六、法人税法は公益法人たる学校法人本来の事業所得については非課税とし、学校法人が収益事業をも営む場合はその収益事業から生ずる所得について一般の営利法人よりも税負担を軽減しているので、これが経理は区分して行うべきこととしている。けだし経理を明確に区分するということは課税の目的である収益事業から生じた損益を正しくかつ公平に把握する必要があるからであることを考えれば、法人税法第五条第二項の趣旨は収益事業の経理とそれ以外の事業の経理とを恰も別個の企業体であるかのように取り扱い、それら相互間の収支をも企業会計原則の趣旨に基いて処理すべき旨を定めたものと解すべきである。勿論公益事業と収益事業との間にいわゆる取引関係が成立するものでないことも被告主張のとおりであるけれども、法人税法が公益事業の所得については非課税としているので、原告のように収益事業をも行う法人の場合にはこの両事業部門の経理を判然と区分しなければ課税の標準を適確公正に把握することができないから、右のような規定が存在するのであつて、たゞその結果として公益事業部門の経理と収益事業部門の経理とが恰も別個の企業体であるかのように経理上取り扱われることになるわけである。ことに、原告は私立学校法の適用をうけるところ、同法第二十六条は収益を目的とする事業に関する会計を当該学校の経営に関する会計から区分して特別の会計として経理しなければならない旨定めているから、原告に関する経理は公益事業部門と収益事業部門とに区分し会計経理の原則に従い所得計算を行つていることは税法の規定をまつまでもないことである。そして収益事業の所得を計算することはひつきよう収益事業なる部門の部門別所得計算をすることにほかならないというべく、会計の原則に従う限りこの部門別損益計算における費用を課税所得上の損金に算入しないとする根拠はないし、この収益事業より生ずる所得を公益事業との関連において把握しなければならないとする理由もない。又右の部門別損益計算は会計上の意味における部門間の取引を無視してはなし得ぬこと勿論であるが、部門間の取引における費用のうち価値の法人外部に流出しないものいわゆる機会原価についてもこれを無視することができない。即ち、ある部門(収益事業)において使用する限られた利便を他部門(公益事業)において断念する場合その事実を貨幣価値をもつて評価し、これを収益事業の費用、公益事業の収益にそれぞれ計上しなければ各事業部門の損益は計算することができず、収益事業より生ずる所得を正確には把握することができない。この点は、国が国の収支の処理につき法律をもつて事業特別会計を設置し、一定の料金又は価格をもつて役務又は物の供給をする場合にその対価である金銭の受け入れについては相手方が同一の権利主体に属する国の一般会計又は他の特別会計である場合においても右に述べたと同様の経理上の処理をしている。このようにして、法人税法第九条第四項の「収益事業に属する資産のうちから収益事業以外の事業のため支出した金額」の字句を解釈するに当つても右のような理論上要求される合理的規整を加え、対価関係にある金額の支出はこれを右法条の適用から除外するものと解することが右法条の真意に添うものである。

七、前記国税庁長官の通達は、その第九項において、公益事業の経理に属する資産を、収益事業が使用する場合のあること、したがつて賃借料、使用料等の支出のなされることがあることを認めながら、一般営利法人の場合にあつては当然損金と認められるべき賃借料、使用料等の支出を、すべて否認しようとするものであつて、法律上、理論上の根拠なくして支出の名目に制限をつけ、その支出名義にとらわれて一はこれを損金と認め他はこれを全部否認することとなり法を誤解した通達といわざるを得ない。

被告の主張するところは賃借料、使用料等の支出をも否認するものでこの点においては右通達とは異なるが、結局、右通達において認めた公租公課、減価償却費、管理費等の按分負担をも否認する結果となり、原告のように学校教育を行うことを本来の目的とする公益法人はその目的国家の利益と合致し、収益事業より生ずる収益もすべて原告の経営に充当される(私立学校法第二十六条第一項参照)特殊性を無視するものである。

八、又被告主張のように、収益事業から収益事業以外の事業のためになされた支出はそれが対価関係にあると否とにかかわらずすべて寄附金とみなすべきものとするなら、たとえば、収益事業の経理がそれ以外の事業の経理から不用に帰した用紙の提供をうけてこれを他に販売したような場合に、右用紙の時価相当額を、用紙の仕入代金として収益事業の経理からそれ以外の経理に繰り入れると、右代金は直ちに寄附金となり、売得金の全額につき収益事業の利益として計上されるから、このようにして算出された損益が課税の対象となることとなり課税標準は不当に拡大されて条理に反し、私立学校法第二十六条第一項および法人税法第十七条の法意にも沿わない結果を招来する。したがつて、収益事業の経理から、それ以外の事業のために支出した場合でもその支払が対価関係にある支出については寄附金とみなされるべきではない。法人税法第九条第四項が、「寄附金とみなし」との表現を用いているのは、その場合の支出が一個の法人の内部の経理間の関係であるからである。

九、なお、被告主張の再更正および更正処分の内容および昭和二十七年度分を例としたその課税標準額の異動の各数額が別紙記載のとおりであることは争わない。

被告指定代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、次のとおり述べた。

一、原告主張事実中一および二記載の事実は認めるが、その余は争う。

二、渋谷税務署長は本件昭和二十七年度分の法人税額に対する再更正処分および昭和二十八年度分の法人税額に対する更正処分(右両処分の内容は別紙第一記載のとおりである。)において、原告の主張する版権使用料および借室料を寄附金とみなしこれを損金不算入額に計上(昭和二十七年度分を例としたその課税標準額の異動は別紙第二記載のとおりである)したのであるが、その適法なことは次のとおりである。

(一)  本件においては原告の収益事業に属する資産のうち公益事業に支出された版権使用料および借室料は法人税法第九条第四項の規定により寄附金とみなされるべきであつていわゆる損金と認められるべきものではない。

(イ)  原告は、本件版権および室をもつぱら公益事業に属する資産として経理すべきものとの前提にたつて、右版権および室が収益事業の用に供された場合に収益事業から公益事業に対して対価を支出するのは経理上正当であり、従つてこれが支出は収益事業の経理において損金と認められるべきものと主張するが、まず原告の右前提が法人税法第五条第二項の規定の趣旨の誤解によるものといわざるを得ない。即ち、同法条は、学校法人については収益事業より生ずる所得に関する経理と収益事業以外の事業(原告の場合は公益事業である。以下公益事業という)より生ずる所得に関する経理とを区分して行うべきことを定めてはいるが、その場合でも当該法人の各個の固定資産が右のうちのいずれの経理に属せしめられるべきかは法人の恣意により定め得るものではなくその資産が収益事業の用に供せられるものであるか、公益事業の用に供せられるものであるかを客観的に観察したうえでいずれの経理に属すべきものかを決定すべきである。それであるから、本件版権および室のように収益事業用の固定資産はこれを収益事業所属の資産として経理すべきものである。この点について詳説すれば次のとおりである。

公益法人が公益事業と同時に収益事業を営んでいる現状からその収益事業をも非課税とすることは公平を失するので、そのような場合には各事業別所得を適確に把握しその所得を計算するために公益事業と収益事業とは経理を区別する必要がある。法人税法第五条第二項は右の趣旨に基く規定である。そして、もし公益法人が収益事業上生じた所得を公益事業により生じた所得として計上した場合にはこれを否認されるべく、また同一法人内において収益事業の資産から生じた所得につきこれを公益事業のために支出した場合には収益事業の所得計算にいれて法人税課税の対象とすべきものである。法人税法第九条第四項が、収益事業に属する資産より公益事業のために支出した金額につきこれを寄附金とみなし非公益法人の寄附金に関する規定を適用するとしているのは右の趣旨に基くのである。このようにしてはじめて公益法人に対する所得計算の適正が確保され法人税課税の公平を期することができる。それであるから、公益法人における収益事業の所得と公益事業の所得との経理区分はあくまで法人税法上の目的ないし必要にでたもので、右のように経理を区分することによつて公益法人内において収益事業部門と公益事業部門との別個の企業体が存することとなるわけではない。換言すれば、公益法人において経理上区分されるべきものは、収益事業所得に関する経理と公益事業所得に関する経理とであつてそれ以上のものではない。故に、そのような所得を生みだす資産についても右税法上の立法趣旨に照らし、各事業別に区分されるべきことはいうまでもない。けだし公益法人所有の資産は、それ自体は法人固有のものであり本来的に公益事業独自の資産であるとかもしくは収益事業独自の資産であるとかの区分が存するわけではないからである。又、それであるから収益事業に属する資産であるか公益事業に属するそれであるかは、公益法人所有の資産がある事業年度において収益事業と公益事業とのうちいずれの事業の用に供されているか、すなわち、当該法人のため収益事業所得と公益事業所得とのうちいずれの所得を生みだす資産となつているかにより区分さるべきものである。

右のような理由から、原告の主張するような資産の性質、取得目的はそれが収益事業に属する資産かどうかを決定するには何ら影響がないわけである。

ところで、原告がその経営する文化服装学院出版局発行にかかる「文化服装講座」を印刷、発行して市販する事業はいわゆる出版事業に該当し、原告本来の目的である学校教育事業とはおのずから区別されるべきものである。そして原告は右出版事業のため原告所有の建物の一部である事務室を使用し、右文化服装学院教授野口益栄ほか一名の記述した文化服装講座婦人服前、後篇等の版権を供用したのであるから、右建物および版権は法人税法上原告の収益事業に属する資産として計上されるべきは、いうまでもない。原告は、右事務室が校舎の一部であり、教育事業を行うためにこれを取得したのであること、右版権の内容が右文化服装学院内における教材として使用するため右教授をして執筆せしめたものであることにかんがみ、右室および版権は原告の公益事業に属する資産である旨主張するが、それらの事実は当該建物の性質又は取得の原因ないし講座執筆の動機たるにとどまり、それら資産の供用の実体を左右するものではないから、右室および版権はその性質、取得の目的のいかんにかかわらず原告の所得に関する経理上は当然収益事業に属する資産として計上さるべきものである。

(ロ)  法人税法第五条第二項はまた原告の主張するように収益事業部門と公益事業部門とを各独立の主体としその間の取引を認めた規定であると解すべきものではなくて、たんに法人につき生じた収支についてこれを収益事業から生じたものと公益事業から生じたものとに区分して経理することを要求しているにすぎないと解すべきである。なぜなら、右規定は公益法人が公益事業のほか収益事業も営むものであることを前提としてはいるが、そのことは収益事業という一つの企業体と公益事業という別の企業体が存立するということを前提としているわけではなく、公益法人の所得に関する経理は法人税法上の目的にかんがみ公益法人という一つの企業体の事業所得に関してこれを収益事業と公益事業とに区分することを意味するにとゞまる。けだし資産又はその処分の主体としては一個の公益法人たる原告が存するのみである筈だからである。したがつて、本件賃料の支払をもつて直ちに法人税法第九条第四項にいう「支出」といえないし収益事業部門にとつてそのような支払が必要であるということもできない。故に、室および版権は公益事業部門から収益事業部門に貸与したから対価として公益事業部門が収益事業部門からうけとつた金額は寄附金でないという原告の主張は失当である。

(ハ)  又公益法人の各事業部門相互間には恰も二以上の企業体相互間と同様に資産の貸与等の取引関係が成立すると解すべきではないこと前記のとおりであるから、本件室および版権が原告主張のように当初公益事業の用として取得され公益事業所属の資産として経理されたまま本件事業年度に至つた事情にあるとしても、原告主張のような、公益事業に属する資産が収益事業の用に充てられた場合である資産の充用は数個の権利主体間における取引と異り一個の法人の内部的消息にすぎないのであるから利害計算を含めた意味の有償関係は成立するに由なく、対価の支払ということは認められないのであつて、ただその充用によつてその資産につき費用又は評価の変動が生じた場合に経理上収益事業の負担として認められることがあるにすぎない。したがつて、公益事業に属する資産が収益事業の用に充てられた場合でも対価関係にたつと否とにかゝわらず収益事業から公益事業に資産の繰入が認められねばならぬ筋合はない。そして、原告は本件室および版権の使用関係を法人と外部との間の取引と同様に考え右使用に対する一般取引上の対価を算定してこれに対当する金額を収益事業の資産から繰り入れたものであるから、必要かつ合理的な範囲を超えた繰入であつて、損金とみることはできない。なお、本件版権の内容は、原告の経営する文化服装学院出版局発行にかかる文化服装講座婦人服前、後篇、子供服篇、裁断篇であつて、いずれも原告が文化服装学院教授野口益栄、同原田茂の記述したものを出版したにすぎず、譲受代金、使用料等別段の費用を支出したものではないから、ことさらそのような資産を計上し又は収益事業による使用につき何らかの対価を認むべき筋合ではない。もし原告主張のように、公益法人所有の、ある資産につきこれを収益事業に供して所得を生じながら「その資産は公益事業に属するけれどもこれを収益事業部門に貸与してその対価を公益事業部門に受けいれ、その事業のため支出したから損金にあたる」とするなら、いかに収益事業上所得を生じてもこれを生ぜしめた資産のすべてが公益事業資産の貸与に基くものであると主張しさえすればその対価に相当する金額は常に収益事業の損金と認められかつ公益事業部門で受けいれた対価は非課税の対象となることとなるのであつて、いわゆる公益事業の名のもとに法人税逋脱の弊害をすら招来することとなる。故に、収益事業に供される資産は収益事業に属する資産として計上し、これから生ずる所得のうちにもし公益事業のため支出した金額があるときはそれにつき収益事業の所得として損金に算入せず寄附金とみなして所得計算を行うこととすべく、そのようにすることこそ公益法人の収益事業所得と非公益法人の事業所得とを公平に取り扱うゆえんで、法人税法上も合理的かつ妥当なものである。

(二)  原告は、前記国税庁長官の通達を非難するが、その理由とするところはすべて公益事業と収益事業とを恰も二つの相対する法人間と同様に捉えその前提に立つて立論しているところ、その前提が誤なのであるから理由がない。公益法人等は独立した一個不可分の法人格であり、それがその事業の目的達成のため自己に属する資産を公益事業に用いるか収益事業に用いるかは自由に決定できることであり、仮りに従来公益事業に充てていた資産を収益事業に充てるとしてもそれは内部のやりくりの問題にすぎず、自己所有の資産を自己の事業のため供する点では何ら変りはない。したがつて、ある法人が他の法人に対し賃借料や使用料を支出した場合はまさに損金であるが、一個の法人内部の関係にすぎない場合に損金とさるべきものではない。又、右通達の第九項にいう賃借料、使用料等というのは、他への支出をいうのではなく、当該法人の収益事業から公益事業に支出されたように経理されているものを指称するにすぎない。公租公課、減価償却その他管理費用は事業を遂行するための必要経費であるから、収益事業の用に供している資産の部分に関する限りこれを収益事業の損金とみることは当然の経理であるが、自己資本に対し自己のため賃借料、使用料を支払うこと自体矛盾であるので、かかる支出費用はこれを否認し、寄附金として取り扱うのが正当な経理処理である。

(三)  また、原告は収益事業が非収益事業から不用となつた用紙の提供をうけて販売する場合の例をあげる。然し、被告の主張によつても原告の述べるような結論にはならない。すなわち、仮りに公益事業が他から買い入れた用紙を収益事業が提供を受けて用紙販売事業を営んだ場合に、原告のいうところは、売却代金全部(仕入価格を含んでの意味で)が収益事業の利益となり経費をみないという不合理が生ずるのであるから、非収益事業と収益事業との両部門間の取引を予定し仕入価格で用紙の売買があつたとして経理をすれば、収益事業は売却代金から仕入価格を引いた利益(所得)を計上することができて条理に合つた説明ができるとするにあるもののようであるが、原価は必要経費として当然これを収益事業の損金として計上すべきものであること当然であるし、又被告も収益事業と公益事業との間に資産の出し入れ(移動)のあることは否定しているのではなくて、ただその出し入れが原告主張のような貸し借りでなく、資本の元入として捉えられるべきであると述べているのであつて、右の場合には収益事業の用紙販売上の利益は売却代金から原価を差し引いた差額として計上されるべく、敢えて原告の主張するように相異る二法人間の存在を予定して売買等の取引があつた如く説明するの要はない筋合である。

三、以上述べたとおり、被告が法人税法第五条第一項、第二項および同法第九条第四項を適用して原告の所得計算を行い、原告のした審査請求を棄却した本件処分は適法である。

理由

一、渋谷税務署長が原告に対し昭和三十年六月三十日付で原告の収益事業につき昭和二十七年度分および昭和二十八年度分の各所得金額と法人税額とをそれぞれ原告主張のとおり再更正(昭和二十八年度分については更正)したこと、右再更正および更正処分においてはいずれも原告の収益事業かその公益事業に支出した版権使用料と借室料とを寄附金とみなして損金不算入額に計上していること、原告は右再更正および更正処分に対し法定期間内に被告に対し審査請求をしたところ、被告は、昭和三十年九月十五日付でこれを棄却し、その棄却決定通知書が同月十七日原告に到達したこと、右棄却の理由が右版権使用料および借室料はいずれも法人税法第五条第一項、同条第二項および第九条第四項の規定により寄附金とみなすのが妥当であるというにあること、右再更正および更正処分の内容が別紙記載のとおりであることは当事者間に争がない。

二、原告は、本件審査決定は右版権使用料、借室料を損金と認めるべきなのに寄附金とみなして処理したことに基く違法な決定であるとし、その理由として、右版権使用料は原告の収益事業である出版局が公益事業に属する資産である版権を借り受け、また右借室料は原告の収益事業である出版局、購買局が公益事業に属する資産である室を借り受けてそれぞれその対価として収益事業において公益事業に支出したものであるから、収益事業の経理において損金と認められるべく、寄附金ではないと主張するので判断する。

(一)原告が学校法人であることは弁論の全趣旨から明らかであるので、原告は法人税法第五条の適用をうける法人であることもまた明らかである。

ところで、法人税法はその第五条にかかげる法人(以下公益法人という)の所得に対しては本来課税をしないことを立前としてそのそれぞれが目的とする本来の事業を保護しようとの態度を示している。しかし公益法人であつてもその本来の事業である、いわゆる公益事業を遂行するための資金を得る目的で、もしくはこれに附随し、その他種々の理由でこれと同時に収益事業を営んでいるものがあり、その場合その収益事業そのものを観察すれば一般法人の営む営利事業と択ぶところがないから、この収益事業から生じた所得に対してもそれが公益法人なるが故に課税をしないとすることは、公益法人本来の目的である公益事業の保護とは別に、他の一般法人との関係で公平を失うこととなる。そこで法人税法第五条第一項は公益法人の所得のうち収益事業から生じた所得に対しては法人税を課する旨を明らかにしているのである。したがつて、それには当該公益法人の全体の所得のうちその収益事業から生じた所得がいくばくであるかを適確に把握する必要があり、そのため経理上もこれを他の部門から区別して明らかにしておかなければ、右の趣旨を貫徹することができないことはみやすいところである。法人税法第五条第二項が、収益事業から生ずる所得に関する経理はそれ以外の事業から生ずる所得に関する経理と区分して行うことと定めたのは、右のような意味から当然のことを規定したものにすぎない。

法人税法は一個の公益法人に収益事業部門としからざるいわゆる公益事業部門とが存在し得ることを予定してはいるが、もとより両者は一個の人格の内部的存在にすぎず、その間の経理を区分するということは要するに公益法人の所得に関する経理を法人税法上の目的にかんがみ、公益法人という一個の企業体の事業所得に関してこれを収益事業と公益事業とに区分するというにとどまるのである。この経理を区分するために収益事業部門と公益事業部門とを別個の企業体の如くみるとすることは事態を理解するためのひゆとしてはいちおうこれを首肯し得るけれども原告主張のように、右の限度を超え、一個の公益法人内部において、右二つの部門に対応して経理上独立した別個の企業体が存在するごとく擬制したものと解するのは、ただに文理上の基礎を欠くのみでなく、理論上の根拠にもなくその必要もないと考えられる。原告主張の私立学校法第二十六条第三項が、学校法人において収益事業に関する会計を特別会計として当該学校法人の設置する私立学校の経営に関する会計から区分して経理すべき旨定めているのも、その収益事業が私立学校の経営に対し累を及ぼし、本末を顛倒することのないよう私立学校法の所期する目的からたんに、学校経営という本来の公益事業の経理とは別個の経理をすべきことを定めたにとどまると考えられ、それ以上の意味を有するものではないから、これあることによつて法人税法の前記規定を別異に解さねばならない理由はない。

したがつて、右経理の区分に伴い、おのずから収益事業に属する資産と公益事業に属する資産とが存在するわけで昭和二十五年九月二十五日付国税庁長官通達第五項もこれを規定しているけれども、もともと公益法人の資産はその法人自体に固有のもので、資産又はその処分の主体としては当該公益法人一個が存在するのみであるはずであるので、法人税法が経理を区分するよう定めたからといつて、公益事業と収益事業との部門が独立した別個の企業体として存在しその間に取引等を行う権利主体としての地位を認めたとは考えられないのであるから、収益事業と公益事業との間に相互に資産の移動があつても、それは貸借その他の取引をもつて目すべきものがあつたとみる余地はないのである。

(二)  そこで問題は、収益事業に属する資産から、公益事業に対して金銭が支出された場合その資産の移動を課税の対象としてどのように捉えるかである。法人税法第九条第四項は、公益法人が収益事業に属する資産のうちから、公益事業のために支出した金額は寄附金とみなし、その金額につき一般の法人のそれと同様に扱うこととしている。この立法趣旨をどのように解すべきかは法人税法上の目的に照らしかつその規定の位置及び文言にてらし総合して判断しなければならないところ、法人税法が公益法人の経営する収益事業につき他の一般法人との権衡を保つことを主眼としそのために公益法人に対し経理を区分することを命じてその所得を適格に把握し課税の適正を図ろうとするとともに、収益事業から公益事業への支出金額については当該法人の内部の移動ではあるけれどもこれを一般法人が他の主体に対してする寄附金と同様に扱いこれに関する同法第九条第三項の規定を適用するとしているものであつて、もしそうでないと、法人税法は公益法人の経営する公益事業には課税しないこととしているので、もともと収益事業の所得は通常結局において当該法人の公益事業に注入せられる関係上、収益事業の所得に対する課税は実質上無意味となり、前記税法上の目的は画餅に帰することとなるのであつて、しかもその規定はたんに「収益事業に属する資産のうちから収益事業以外の事業のために支出した金額」とあつてその間なんらの限定のないことを併せ考えれば、収益事業から公益事業に対する支出はその名目のいかんを問わず、すべてこれを寄附金とみなして一般法人の寄附金に関する法人税法上の処理に服せしめることにあると解するのを相当とする。

(三)  もつともこれが前提をなす右第九条第三項にいう寄附金とは一般に反対給付を伴わない任意の財産的給付と解されているから、公益法人の収益事業から公益事業への支出であつても反対給付にかかるものがもしありとするならば、これをしも寄附金とみなすことは一般法人の場合との権衡上不合理といわねばならない。

この点につき原告は、法人税法第九条第四項にいう収益事業以外の事業のために支出した金額とは、収益事業に属する資産のうちから公益事業の利益のために支出した金額をいうのであつて、公益事業からの収益事業に対する出捐と対価関係にたつてなされた収益事業の支出はこれに含まれないと解すべきであると主張するのであり、その意味するところも同様に帰し、もとより一理あるを失わない。従つてかかる場合はたして反対給付ないし対価関係を考える余地あるや否を検討すべきこととなる。

しかし公益法人の中にあつてその収益事業と公益事業とが区別して経理さるべきものとすることが決してそれらを別個、独立の企業体と擬制したうえでその間に相対立する両主体間に成立する如き資産の貸借等取引があると解すべきものとするのでないことは前説明のとおりであり、その資産の移動をもつて対価関係ないし反対給付ありと考えるべき余地はない筋合である。原告は、もし収益事業の用いる版権又は室が第三者の権利に属する場合には収益事業がこれに支払う対価は寄附金ではないと述べる。その述べるところは、正しくはその収益事業を営む公益法人(資産又はその処分の主体としては当該法人が存在するのみであること前記のとおり)が第三者に使用料等を支払つた場合であれば、それは第三者の給付に対する反対給付であつてまさに損金であり、収益事業の性質として計上するのは当然である。また公益事業に属するものとして経理されている資産を収益事業が供用し、それについての公租公課減価償却費その他管理に要する費用を収益事業が按分負担する場合もまた損金と認められるべきこと前記国税庁長官通達第九項も認めている。これを本件の場合との相違はひつきようその支出や負担が同一人格の内部に止まるか外部へ流出するかの一点にある。

又、原告は収益事業部門において使用する利便を公益事業部門において断念する場合にこれを貨幣価値をもつて評価し、収益事業の費用に計上すべきであると主張する。もし、収益事業と公益事業とを原告主張のように別個、独立の企業体とみて損益の均衡を図ろうとすればまさにその主張のとおりであるが、この点においてはそのように解すべきではないこと縷述のとおりであり、また、もと公益事業に属する資産といい、収益事業のそれといい、いずれも一個の公益法人に属する資産であつて、ただその目的達成のため、前記説明のとおり、経理の区分上存在するにすぎず、その間に資産が相互に移動されることはあつてもそれは法人内部の問題にすぎないことを考えれば、原告の右主張をもつて収益事業より公益事業への支出をもつて収益事業における損金と認めるべき理論的根拠ともなし難い(本件において版権や室の使用料あるいはその目的物の公租公課、減価償却費その他のものの転嫁たる意味があるかも知れない。しかしその直接負担ならばともかく、転嫁という形をとる以上しよせん法人内部の問題たらざるを得ないのである。)原告のあげる、国の収支の処理の方法は法人税課税上収益事業より公益事業への支出をどのように捉えるべきかの問題と同一に論ずることはできない。

又、原告は、収益事業が公益事業に属する資産である用紙の提供をうけて販売する場合の例をあげ、対価(仕入価格)を損金と認めないとすると、売得金全部が収益事業の利益となり課税標準が拡大すると述べるが、この場合は被告の主張するように、その仕入価格はよし収益事業がその部門に受入れたときは無償であつても、同一の人格においてすでに負担したものであるから事業遂行上の必要経費として計上することが当然可能である。

従つてこの点から収益事業と公益事業との間に取引関係を認め、対価関係にたつ支出である限り預金と認めるのが合理的だと結論づける必要はない筋合である。

なお原告は、前記国税庁長官の通達につきその第九項記載の事項を非難するけれども、同項は公租公課、減価償却費その他管理に要する費用はいわゆる必要経費と考えられるので収益事業の預金と認め、賃借料、使用料は収益事業と公益事業との間に取引等対価関係が存在することはないとの見解にたち、その見地からこれを損金とは認めないとしたものであると解し得るところ、この点については右に述べたとおりであつて、その間になんらむじゆんや誤解は存しないからこの非難は当らないといわざるを得ない。

三、以上述べてきたとおり、公益法人が収益事業に属する資産のうちから公益事業のために支出した金額は収益事業の遂行のための必要経費と認められない限りすべてこれを法人税法第九条第四項の規定により寄附金とみなされるものと解するのを相当とする。

四、本件においては、原告がその公益事業に属する資産である版権および室を収益事業において借り受けたと主張してこれが使用料および賃借料の名目のもとに収益事業の資産から公益事業に対し支払われたことは当事者間に争がないのであるから以上に述べてきた理由により、右版権および室が、被告主張のように公益事業に属する資産であるとしても、右支払われた版権使用料および室賃借料は法人税法第九条第四項の適用上寄附金であるとみなすのが相当である。他にこれと別異に解し、原告主張のように損金と認めるのを合理的とすべきとくだんの事情もなく、またその理論的根拠もない。

五、それであるから原告の収益事業につき右版権使用料および室賃借料を寄附金とみなして損金不算入額に計上し、所得金額および法人税額を算出した渋谷税務署長の本件昭和二十七年度分の再更正処分および昭和二十八年度分の更正処分は適法であるというべく、右と同趣旨の理由により原告の審査請求を棄却した本件審査決定もまた適法であるというべく、これが取消を求める原告の本件請求は、結局、採用するに由ない。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 近藤完爾 浅沼武 秋吉稔弘)

別紙第一、別紙第二〈省略〉

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